北陸最古の名湯あわづ温泉
粟津温泉について あわづのお宿 あわづのお湯 あわづの歴史 お祭りカレンダー 観どころ

粟津温泉 六つのお宿
辻のや 花乃庄
かたやま緑華苑
法師
露天のゆ 金閣
旅亭懐石 のとや
喜多八
粟津温泉とは 物語をみる
粟津温泉は奈良時代が幕を開けて間もない養老2年(718年)、泰澄大師によって開湯されました。泰澄大師は文武天皇の勅使として鎮護国家の法師となった高僧。霊峰白山で修行を重ねるなか「粟津なる村に霊泉湧出す。汝、ここにゆきて之を掘り、末代衆生の病患を救うべし」という白山大権現の霊夢に逢い、お告げどおりに掘ったところ温泉が湧出しました。以来、千三百年、絶ゆることなく湧きつづける粟津のお湯。湯治宿が立ちならび、はるか昔の村人も武将も文人も、ここで日暮らしの垢を流し、体と心を癒してきました。


人あつまり、温泉文化をはぐくむ。 物語をみる
粟津の湯をことのほか愛したのは加賀百万石の名君・前田利常公。古刹那谷寺へ参拝の折に植えたと伝えられる黄門杉は、いまなお粟津温泉のシンボルとして温泉街を見守っています。江戸時代には北前船による日本海交易が盛んになり、全国から湯治客が訪れるようになりました。近代に入って鉄道が始まると、粟津温泉へは『温泉軌道』が敷かれ、いっそう多くの人で賑い始めます。花鳥風月を愛で、お湯を慈しみ、食楽を堪能し、器の妙、おもてなしの情趣を味わう温泉文化が、湯人によってゆたかに育られていきました。


変わりゆくもの、変わらざるもの。  
詩人的小説家として知られ、『田舎教師』などの名作を残した文豪・田山花袋は、全国の温泉を歩いた『温泉めぐり』のなかで『・・・粟津温泉は一番静かで居心地がよかった』と書いています。程よい華やかさと、円熟した落ち着きの両面を持つ粟津温泉は、暮らしにさりげなく上質を求める人々に愛され続けてきました。昭和から平成へ、ますます設備が充実し、温泉の楽しみも多様化してまいります。そしていつの時代にも共通するのは、心ゆくまでリラックスしていただける癒しの温泉であること。時が流れ人が変わろうとも、粟津の湯と温泉情緒はいつも滔滔とあふれ、絶えることを知りません。


語りつがれるおっしょべ恋物語 物語をみる

いまの女性より、むかしの女性のほうが恋に大胆だったのでしょうか。粟津温泉には400年も前から伝わる恋物語があります。物語の主役は当時宿屋に奉公していた下女のお末。「おっしょべ」は「お末」がなまったものです。お末はひそかに向かいの宿屋の下男・竹松に恋をしていました。ある夜、お末は恋心をおさえきれず、宿の松の木をよじ登って屋根づたいに竹松の部屋へ向かったのです。ところが途中で足をすべらせ軒下へ落ちて、宿屋は大騒ぎに。これがきっかけでお末の想いは竹松に伝わり、めでたくふたりは結ばれました。以後、何千組もの男女がこの温泉で恋を成就させてきたのです。



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